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麻酔が効いてるあいだは

COILの音楽でよくいわれる「0・10」以降と「0・10」以前。
音の質感もまるで違うし、曲自体の内容もまるでことなる。
「ROPELAND MUSIC」から「AUTO REVERSE」まで、比較的UK的な要素と遊び心溢れた曲、そしてPOPなメロデイが感じられた。
しかし「0・10」以降のアルバムは遊び心よりもその実験性に特に驚かされる。ある種RADIOHEAD的でもあるサウンド作り。
そして歌詞の面でも「0・10」と「LOVE」は以前までと違い真面目で重いものになっている。岡本定義の作詞センスの素晴らしさが発揮されてる。
「0・10」収録のLast portraitは特に作詞が光る作品である。
ピアノ主体のシンプルなバラード。
しかし歌詞はたった四行ていどしかない。
そこには現代のPOPミュージックが失いがちな情景が見える。
「もうすぐ夏です」

実験性があろうとユーモラスであろうと変わらないのがCOILが良質なPOPミュージックをつくってるということだ。
タグ:COIL

俺はグビ

長澤知之の「俺のアレ」につぐ「俺」シリーズ?最新作の「俺はグビ」

正直ROCKな曲が多いJUNKLIFEの中で一番アッサリした曲です。
アコギだけの弾き語りで情けない男の心情を叫ぶように歌っています。
1stシングルに入っている「三年間」にも似た悲壮感が出てます。

歌詞が情けないです(笑)

一見さんはあんただろう俺は常連

なぁ大将そうだろう覚えておいて

生活感たっぷりの曲です。
そして、なぜかPVが出来てました。
PVを作るなら「回送」とか「JUNKLIFE」だと思っていたんですが、「俺はグビ」とは予想外でした。
そして、このPVが過去最大のユーモアを発揮しています。
しかも長澤知之なぜか演技してます(笑)

必見です。


セブンスター

コンビニにセブンスターがまるでない。

セブンスターを探しながら、ふと俺はなんでセブンスター吸っているんだっけ?と考えた。

中村一義だ。
大人に憧れたあの時、嫌なことから逃げ出したかったあの日にセブンスターを聞いたからだ。
中村一義のセブンスターという曲は100s結成直後ということもありシンプルなバンドサウンドに(中村一義には珍しい)歌詞を聞き取れる言葉使い。
ただシンプルながら力強いメロディーと詩だ。100sの初期の名曲だ。

とくに歌詞は強い気持ちを感じさせるものだ。

いたい、いたい、いたい、いたい
そりゃそうだよ痛い
心に本当でいたい、約束だもんな。

こんなことを理由にセブンスターを吸っている自分がおかしい(笑)
まだしばらくあなたに期待をし続けます。救ってもらったから。
タグ:中村一義

P.S.S.O.S

こちら桃源郷より桃源郷へ P.S.S.O.S

この曲は2010年代のCreepになりえる曲。
RadioheadのCreepは言わずもがな名曲(まぁ賛否両論だけど)で有名曲。
トムヨークはCreepで彼女は美しい天使だと歌い、自分は醜いものと痛々しく歌った。
その歌詞とあのサウンドによって世界にRadioheadの名前をとどろかせた。

一方、日本のインディーズの長澤知之は自らの気持ちを手紙の形で「あなた」に伝えてる。

ただし自分の妄想の中で

ある意味フジファブリックの詞に通じる歪さがそこには存在する。
痛々しい寂しさ、社会からの孤独、そして「あなた」への気持ち。そのすべてを妄想の中で書き、妄想のポストに投げ込んでいる。

そして、そんな自らを理解して嘆いてもいる。
僕からどんなに望んだところでこの病は治らない  ダイアリーダイアリー僕は治りませんでした

この考えが終わらない限りこの家は核シェルター ダイアリーダイアリー僕は泣けばいいんですか

そして皮肉も込めて自身のいる場所を「桃源郷」と呼び、追伸助けて、と叫んでいる。
こちら桃源郷より桃源郷へP.S.S.O.S
 
この桃源郷は自分の中で完結するという意味にも取れるし、「あなた」のいる桃源郷に助けを求めているようにも取れる。
どこまでも孤独という点でCreepと印象が似ている。

サウンドも静かな天使のような歌声の前半と、後半サビの叫びだした声の違いが、切迫した詞の世界観を表現している。
古い無線通信の音のようなギターリフ、轟音のバッキングも見事。
この世界をたった一人で考えだしたことが驚きです。

ただ唯一の欠点がキーがむちゃくちゃ高いこと。
ライブでもたまにミスしたりしてる。
ただワンマンライブ「ナガサワンマン5」のときのこの曲は高音こそ出ていなかったが、鬼気迫る声が感じられた。
その姿勢にタイプは違えどアベフトシ(ミッシェルガンエレファント)のギターを弾いているときの姿を思い出した。

この曲が正当に評価されることを切に願う。

地平線を越えて

僕が地平線を越えてを初めて聞いたのは半年以上前だった。
それは志村さんがなくなった後の、フジフジフジQでの斉藤和義の歌声でだった。

ツェッペリンみたいだな~力強い歌だな~そんなことを思っていた。
斉藤和義の歌を聞いてからオリジナルを聞いたので、勢いが足りないなーとか一瞬思ったが、すぐにそれは違うなと考え直した。
一音一音が重くはねたリズムに乗る鋭いギターリフ、十二弦ギターのサイケ感溢れるオブリ、ボンゾみたいなドラム、そして怪しげな歌声。ツェッペリンを消化したようなフジファブリックの音楽になってる。

歌の実力だけでいえば圧倒的に斉藤和義の方が上手だろうが、やはり志村の作った曲で志村以上のものを演奏するのはハードルがとてつもなく高い。志村すごいなと深く感心した。

スガシカオ曰く「作った人が一番上手く歌えるというのは、作った人のエゴ」
奥田民生曰く「自分より矢野さんが歌ったほうが上手かった」

作った人物が必ずしも一番ではない。けれど、志村さんや長澤知之に関してはそれがあてはまらないだろう。誰が歌っても本人以上になりえない。

ただ志村さんはもうこの世にいないから、他のメンバーがどうか歌って欲しい。
志村正彦の曲ではなく、フジファブリックの音楽だから。


舌出して笑い飛ばしてしまおう

左巻き

みんな同情は出来るけどそれ以上が出来ない。
左巻きのゼンマイ/長澤知之

地震が起きてからこの曲をよくきく。
安全で日々の悲しいニュースを当たり前に受け止めていた僕はこの曲をひねくれたラブソングだと思っていた(実は長澤知之にしてもラブソングなのかもしれない)

あんな大きな事が起きて、いまだ続いている。

僕は同情をした。
ただ同時に安心をしてしまった。自分に被害がなかった事に。
同情は出来る、あとは僅かばかりの寄付をするくらいしか出来ない。
同情以上の事が出来ない。

悲しいニュースはしょっちゅうだからいちいち落ち込めない

なにかしなくちゃいけない。けどわか
らない。
惨めになって仕方ない、だから働いている。

色んなものの見え方がかわった。

テレビはなにも真実を言ってくれない。
悲しい人々を映し、数を追い求めている。
忌野清志郎のサマータイムブルースはなにも僕らを変えなかった。
安全に浸り変わろうとしなかった。

いまある言葉を歌うよ未来へ

タグ:長澤知之

バカボンじゃないよ、天才ヴァガボンドだよ

このタイトルはずいぶん昔に出た、COILという二人組み宅録デュオのデビュー曲だ。
日本人の宅録の代表格である中村一義の後にデビューしたCOILは、10周年を超えてもまったく売れてない。
長い活動に見合わずマイナー、そんな感じだ。

売れてはいないがその音楽性は良質なPOP・ROCKを作っている。
それもひたすらにこだわりぬいたPOPだ。
ユーモア溢れたサウンドや詞、そして多種多様な音楽を取り込んでいる上質なPOP。
評論家にはよく職人的とか言われているがまさにそのとおりだ。その曲は売れないのが信じられないほど素晴らしい。

原因は……正直わからない、タイミングが悪かったのだろうか?

ただ曲提供や詞の提供、そして映画音楽(初恋とかに)、果てはプロデュースからエンジニアまで行っている二人だからふっと消えることはなさそうだ。

天才ヴァガボンドをyoutubeでもいいしCDでもいいから聞いてみるとそのすごさがわかる。
笑ってしまうタイトルとは正反対の曲だ。
ニールヤングの声の癖をより強くした岡本定義のボーカルに美しい文学的な表現が満載の詞が乗った名曲だ。
この曲の表現が僕は本当に大好きだ。自動ピアノ・鼻声がかったギター・ぶどう酒。メロディーとあいまってとても感情を揺さぶる表現だ
サウンドはイントロのコーラスがかったギターフレーズとピアノの淡々としたバッキングを中心とした、中村一義とは別のベクトルのビートルズの発展系だ。

サビ終わりの間奏などで頻出するE7+9が、少しの不安感を煽り緩やかなAメロにもどるところもセンス溢れる繋ぎ方だ。さすが職人。
あとカップリング曲にこれでいいのだ/それでいいのか?を持ってくるあたりもユーモア溢れてます。

youtubeの天才ヴァカボンドです是非聞いてください↓
http://www.youtube.com/watch?v=gsA67JOUqk4

COIL佐藤洋介さんは長澤知之作品に多くベースとサウンドエンジニアとして参加しています。
うん、つながりって素敵だね。

タグ:COIL

金字塔とは?

中村一義という有名なミュージシャンの1stアルバムでありこれを最高傑作とあげる人も根強くいる。

金字塔、よくもまぁ自分のアルバムにそんな名前をつけられるもんだな~と聞く前の僕は能天気に思っていた。

しかし聞いてみると確かにわかる。このアルバムは金字塔だと。
このアルバムは中村一義の才能を世に知らしめる以上に特別なものだった。
金字塔で描かれている世界はごく小さな個人的なもので、メロディーは高音でボーカルも聞き取りづらく歌詞を見ないことには何語かわからない、歌詞も一見散文的な意味の見えづらいものばかりだ。

言葉で挙げれば、ネガティブな要素ばかりが見えてくるが。アルバムを聴いた瞬間そんなことを考えさせないものになっている。
考えつくしたコード進行、時に有名曲からの借用、ビートルズのようなサウンド、そしてちりばめられている小品のようなつなぎ。

始まりとはから永遠なるものまで、まるで聞くものの心を離さないアルバムだ。
曲の批評なんかで多くの人が言ってるとおり完璧なサウンドじゃないし、声が高いだけで特別ボーカルが上手いわけでもない。

曲の目指すところが新しい音楽にあるということは感じられる。
このアルバムを聞くにあたって、両親から虐待されてたとか、引きこもりだったとか、自殺志願者だったなんて重い過去とかをリスナーが受け止める必要はないと思う。
それはそれ、これはこれ
ただ素晴らしいPOPミュージックを受け止めていたいと思った。

金字塔(中村一義)が生んだ問題のひとつに、後の新人が出てくるたびに「中村一義の再来」「新しい世代の金字塔」とかいうキャッチコピーが付くことになったことだろう。
長澤知之や七尾旅人は声や世界観からそれを何度も書かれていたのをみた。
言い方を変えればそれほどすごいと言うことだ。

……突然中村一義について書き殴った理由は、彼のベスト盤最高宝と過去の一掃セールの魂の箱が発売したからだ。
誰が考えたのか知らないがファンをなめすぎている商売方法だ。
少し僕の中で中村一義は終わってしまったのか?という不安がある。
次のソロアルバムで何かを見せて欲しい。
魔法を信じ続けさせて欲しい?ハリボテでもいいから。

マカロニグラタンと七尾旅人

長澤知之の曲にマカロニグラタンと言う曲がある。
デビューシングルにして唯一のシングル「僕らの輝き」に収録されてるフォーキーな弾き語り曲だ。
この曲の特徴はなんと言っても最後のサビだ。
そのほかの部分も、メロディ的にビートルズを感じさせるような綺麗な旋律で、いなくなった君の事を歌う切なげな素晴らしい出来だ。
コード進行はイントロを除けばD-C-G-DとG-A-Bm-Dの繰り返しのようなシンプルなものだ(適当に取ったので間違えてるかもしれません)そんな中で暴れているメロディーがフォーク的でありながらとても力強い。

そして、何よりも最後のサビのマカロニグラタンと言う単語の高音での連呼がすごい。初めて聞いたときには、この人は本当に薬でもやっているんじゃないだろうかと思ったほどに衝撃的だった。
マカロニグラタンと言う何の意味もないような単語だけで聞く人の感情をそこまで揺さぶれるのはその声によるところが大きい気がする。

そういう面で長澤知之は七尾旅人に近いものがあると僕は思っている。

七尾旅人の1stアルバム「雨に撃たえば」に収録されたルイノンもそれに近い(と言うよりこのアルバムに含まれている大体の曲も近いのだけれど)

ルイノンの場合サビはラララーだけで歌詞はない、しかしそれだけで祈りや悲しみの感情を与えてくれる。この声は天使の声と呼べる気がする。やさしくて美しくて触れれば壊れそうなくらいのもろさを感じさせる。

凶暴なサイケデリックな声に注目されがちだがこの二人は本当に美しい声を聞かせてくれる。

七尾旅人は今では昔のような声を出さなくなったのが少し惜しい。

神様がいるなら

自分の生活で気持ちが沈むことがる。
僕なんかは年中沈んでる。
そんなときに音楽を聴く。救いを求めてる。
長澤知之はよくロックなんてクソだみたいな発言をする、けどロックは僕を錯覚だとしても救ってくれる。
フジファブリックの音楽にもそんなときに出会った。
地震で日本中が不安に包まれていたときに(いまだ現在進行形だけれど)
クロニクルを買った。当初はアンセム目当てで他の曲は何も知らなかった。
すべての曲が想像以上の出来だった。
なかでもピアノとボーカル主体のシンプルなバラードのタイムマシンに深く感心をした。
タイムマシンと言うよく取り上げられるテーマでは、多くの有名曲が比較的キャッチーだったり、もしくは非現実さと妄想力を武器にしてるなか(タイムマシンにお願い、ミスチルのタイムマシーンに乗って、スガシカオのタイムマシーン、コブクロの待夢磨心)これほどまでに自身の欠点を悔やみ誰かからの愛情を求める曲は異質だ。

戻れるのかな タイムマシンのように 同じように 笑えるかな

と歌っているがその後には

だいたい そうだ ホントに そうだ すべてがうまく行くわけない だいたい そうだ なるべく そうだ 後悔だけはしたくないのです

過去の失敗に悔やむのと同時にもう何もやり直せないのだという志村さんの気持ちがよく反映されている。
だからこそ大きな声で歌うと。

痛々しいくらいに自身の心情を吐露したこのアルバムは、ブライアンウィルソンの曲のように、きっといつまでも聴かれ続けていくんだろうな。

僕を助けてくれてありがとう。
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